青森県のりんご栽培面積と10アール当たり収量の変遷を図12に表しました。 図12/青森県りんごの栽培面積と10a当たり収量の変遷 青森県のりんご栽培面積は、りんごが導入されてから1960年までの80年間に、年310ヘクタ […]
岩木山をめぐるりんご栽培の展開
青森県のりんご栽培面積と10アール当たり収量の変遷を図12に表しました。 図12/青森県りんごの栽培面積と10a当たり収量の変遷 青森県のりんご栽培面積は、りんごが導入されてから1960年までの80年間に、年310ヘクタ […]
図7に表した、岩木山北側の実線に沿った越水、三ツ館、下相野、上相野、尾原、野木、山道、五林平、羽野木沢、野里、金山、飯詰、嘉瀬そして金木に囲まれた地帯のりんご樹には、年により、写真2のように枝梢先端部と頂芽が枯れ込む「先 […]
県営船沢集団農耕地開発事業として、岩木山麓弥生地区に、平野部の村々から入植者を募ったのが、1936(昭和11)年です(引用文献/横山弘(1965):「岩木山麓の開発と集落」『弘大地理1』 p1-6))。 入植者たちは、り […]
津軽地方りんご園の開園状況(引用文献/東北農政局津軽土地改良調査管理事務所(1984~1987):『りんご園開園年代区分図』)を、地帯ごとに整理したのが表1です。 表1/年代別開園面積と割合 表の中の「栽培地帯」は、岩木 […]
さて、金納となった地租の重圧で、小・中土地所有者たちは土地を手放し始め、そして、それら土地を集めて、新興地主が各地に発生していった、ちょうどその頃、士族の一人であった菊池楯衛は書いています。 「和林檎、海棠(かいどう)の […]
1870(明治3)年、弘前藩知事津軽承昭は、近郊の豪農・豪商を集めて告諭(こくゆ)しました。「10町歩以上を持っている者、余分の土地を出してほしい」というのです。弘前藩士2,516名に土地を与え、彼らを自活させ、かつ地方 […]
津軽地方の岩木山麓とその周辺地域にはりんご園が広がり、世界有数のりんご産地となっています。この地域のりんご栽培がいかに展開していったか、岩木山を中心に考えてみます。 岩木山をめぐるりんご栽培の展開 はじめに 1.津軽りん […]